大事なのは、もてなしの心

 就職したばかりの20代の頃から、10年近く茶道教室に通っていました。
 それまでの人生で、お茶とはほとんど縁のない生活を送っていましたが、娘のがさつさに危機感を抱いた母から半ば騙し討ちのように入門させられたのでした。
(「就職祝いをいただいたお礼」に母の知人宅へ伺ったその日が入門の日だった!)

 実際にやってみてわかったのは、一見堅苦しく思える作法は、一つ一つに意味があり、無駄のない合理的な動きであるということ。着物を着てやってみると特によくわかります。そして何といっても「もてなしの心」です。
 もてなしの心は、日本に古くから伝わる茶道の作法と精神が原点であると言われています。一杯のお茶を差し上げるために、亭主(=茶事を主催する人・ホスト)はお客様のことを想いながら花やお菓子、道具の組合せなど様々なことに心を配ります。もてなされる側である客もまた、その心を受け取り、思いやりを注ぐための作法があるのです。

 ここで私の好きなエピソードをご紹介します。
 茶道にはいくつもの流派がありますが、その昔、当時の家元が流派の違いについて問われた際、「どうでもよいところが違います」とお答えになったそうです。その心は、「流派によって多少作法の違いはあっても大事なところは一緒」であるということ。「大事なところ」とは相手のことを大切に思う気持ち、つまり「もてなしの心」です。何百年も続く伝統を守って来られた流派のトップの方が、こんなにも柔軟な考え方をされるのかといたく感動したものです。

 正座が苦手な私は、何年経っても稽古の後は足が痺れてよろける有様で、優雅な立ち居振る舞いには程遠いままでした。それでも長く稽古を続けることができたのは、「大事なのは、もてなしの心」という茶の湯の精神が腑に落ちたからだと思います。

 今や世界共通語にもなった「おもてなし」。言葉や文化、風習が異なる外国人の方と接する時にも、その心を忘れずにいたいですね。

(T)

茶碗と茶筅のイラスト